sábado, 2 de septiembre de 2017

2-1

1話 静かに始まる嫌がらせ

 ルーシィが亡き父から爵位を継承してしばらく経った頃。静かに攻撃が始まった。

 朝、彼女を兵舎まで迎えに行った時だ。部屋の前に妙なものが転がっているのを発見する。

「……なんだこれ?」

 人の拳ほどの大きさで雑巾の塊のようだったが、近づくと正体が分かった。

「っ! ネズミの死骸かよ、どうしてこんなところに……」

 その時、俺は野良猫か何かが仕留めた獲物を落としていったのだと思った。

 士官用の兵舎は大きな建物だが隙間も多く、そこにネズミなどの小動物が潜んでいるからだ。

「まったく、モンスターと一緒に害獣も駆除してやりたいな」

 わずかに腐臭もするし、このまま放っておくわけにもいかない。

 俺は掃除用具を借りて死骸を片付けると、改めてルーシィの部屋の扉をノックした。

 十秒ほど待つと彼女が顔を出す。すでに身支度は整えていたようだ。

「おはようございます、ユウシン。あら、何かありましたか?」

 出てきた時は笑顔だったルーシィが少し首を傾げる。

 一応いつも通りの表情を心がけていたのだが、何か勘付いたらしい。

「実は、ここに来る時にネズミの死骸を見てしまいまして。朝から縁起が悪いなと思ったんです」

 嘘は言っていない。

 ただ、今日一日ルーシィに不機嫌でいてもらってはやり辛いので一部をぼかしただけだ。

「そうでしたか。それなら、わたしが代わりにこれを差し上げますね」

 ルーシィは俺に近づき、頬にキスをしてくる。

「ちょっと、誰かに見られたらどうするんですか?」

「大丈夫ですよ、確認しましたので。それより気分は晴れましたか?」

 微笑みかけてくる彼女の表情には余裕が見える。

 爵位を継承してから若干大人っぽくなったか?

 まあ、何事も成長しているのなら俺としても好ましい限りだ。

「ええ、そりゃもう完璧ですよ。それより今日も予定が詰まっています、急ぎましょう」

 まずは彼女を食堂に連れていくため、そう促す。

 その日は朝以降、何事もなく日常の仕事をこなしていった。

 指揮官としての仕事もそうだが、正式に爵位を継いだので今までの仕事に加えて当主としての仕事も増えた。

 ほとんどは今まで通り実家にいる母親や執事が処理してくれるようだが、やはり彼女のサインが必要な書類も多い。

 俺は軍の副官としてだけではなく、そちらの仕事も手伝うようになっていた。

 その書類には貴族界の現状を読み取れる物も多く、俺にとっては貴重な情報源だった。

 全ての用事が終わって士官用の兵舎までルーシィを送り届ければその日の勤務は終了。

 だが翌日も、またそれ以降もルーシィの周りで不自然な不幸が起こるようになり始めた。

 例えば、俺がルーシィの執務室で書類業務を手伝っていた時だ。

 突然窓ガラスが割れ、中に石が飛び込んできた。

「きゃあっ!」

「ルーシィ!? おい、大丈夫か!」

 二人きりの時でも職務中は家名で呼ぶようにしているが、この時ばかりは咄嗟に名前で呼んでしまった。

 すぐに彼女へ駆け寄り、無事を確認する。

 それと同時に窓から距離を取って安全を確保した。

「突然で驚きました……でも、大丈夫です。怪我はありません」

 どうやら驚きで悲鳴を上げただけらしく、怪我はない。

 だがルーシィの席は窓に近く、割れたガラスの破片を頭から被ってしまっていた。

「動かないでください、すぐに払いますので」

 彼女の頭からガラスを取り払い、俺は割れた窓から外を見る。

 だが、石を飛ばしたであろう相手の姿はもう影も形もなかった。

「クソッ、いったい誰の仕業だ。ここが貴族の部屋だと分かってやってるのか?」

 悪戯心でやったとしても、たとえ犯人が貴族でも罰は免れないだろう。

 モンスターとの戦争が激しさを増している今、軍の影響力は高まるばかりだ。

 その軍の指揮官を攻撃するようなことは到底許されることではない。

「ユウシン、わたしは大丈夫ですので」

 ルーシィは気丈に振る舞っているが、少なからずショックを受けていることは見て取れた。

 いきなり自分が攻撃されて平気でいられる人間はいないだろう。

 ましてやここは戦場ではなく、安全であろう基地の中なのだから。

「今日はもう終わりにしましょう。フィンレイ様、少し実家で休まれてはいかがですか?」

 俺としては彼女が実家で休養している間に犯人を見つけ出してやるつもりだった。

 最近はモンスターの動きも鈍く、街への攻撃の手も鈍くなっているので余裕はある。

 だが、ルーシィは首を横に振った。

「いえ、逃げると思われる行動を取ることはできません」

 そう言うと、彼女は俺の方を見て頷く。

 まあ、ルーシィがそう言うなら従うしかないな。

 俺たちはそれから、仕事の間に犯人探しに精を出すようになった。

 だが、ルーシィを襲うものは石ころだけではなかった。

 ある時はバケツの水、ある時は落とし穴、徐々に危険度が増していっている。

 落とし穴と言えば可愛いものだが、実際は深さ二メートルほどで人がすっぽり入ってしまう大きさだ。

 不意に落ちてしまうと体を打って、危ないどころでないだろう。

「いよいよ本格的になってきましたね」

 俺は危うくルーシィが落ちそうになった穴を埋めながら、傍らの彼女に言う。

「そうですね。でも、これだけ仕掛けをしている相手なら何か証拠を残しているかもしれません」

「だと良いんですが……」

 穴を埋めながら気づいたが、やはりここにもパッと見た限り証拠がない。

 だがここまでくると、もはやそれが一つの証拠のようなものだ。

 ルーシィに嫌がらせをしているのは同じ軍人か、軍に影響力を持つ貴族だ。

 罠にかけるには彼女の行動パターンを見極めなければならないだろうし、そうなると軍人でなければ兵舎の近くを歩いているのは怪しまれるはずだ。

 それに、俺だってここ数日は周りを警戒していたのに怪しい人物を見つけることができなかった。恐らく複数の人間を使って交代で監視させることで、こちらが気づく可能性を減らしていたんだろう。

 食堂で副官を召使いのように扱っている貴族もいたので可能性は高い。自分の立場のためなら、何をしても良いとか思っているんだろうな。

 そのことを話すと、ルーシィも納得したように頷いた。

「そうですね……平民にできる真似ではありません。問題は、どうしてわたしを狙っているかですが……」

「一番有力なのは怨恨の線ですが、フィンレイ様に思い当たる節は?」

「いえ、これと言っては……」

 ルーシィは申し訳なさそうに言うが、その答えは予想していた。

 俺が見ている限り、彼女が他の人物と衝突しているところを見たことがない。

 それどころか、友好的な指揮官の方が多いくらいだ。

 ルーシィの先代から縁のあった指揮官に加え、協調性のある部隊運用をする彼女は演習などにおいても評判が高かった。

 恨まれる要素など一つも見当たらない。

「いったいどこで……」

「もしかしたら先代に恨みがあるか、貴女の知らないところで相手が勝手に恨んでいるのかもしれません」

 人の感情というのは理不尽だ。理屈抜きで行動することもあるから恐ろしい。

「ただ、このままだともっとエスカレートするでしょう。行動が派手になれば証拠を掴むチャンスも増える。もう一息の辛抱です」

 俺はルーシィを励ましてそう言う。

 そして、その予想はすぐに現実のものとなった。

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