sábado, 2 de septiembre de 2017

2-3

3話 証拠と脅し
本日から『異世界で最強なチート魔術師は子作りハーレムのすべてを支配する ~女性しかいない異世界で始まった子種を求める寵愛戦争!~』

という新作の投稿を始めます!
この作品もぜひ読んでいただければと思います!

こちらの方はすでに最後まで予約投稿しておりますのでご安心ください。

 森での間引き作戦を終えた俺はすぐに都市へ帰還した。

 部隊のことは重臣のオヤジに任せ、こっちは犯人探しに集中だ。

「指紋の鑑定でもできれば手っ取り早いんだが、ないものは仕方ないか」

 ぼやきつつも犯人の唯一の手掛かりである矢を調べていく。

 まず先端の矢尻だが、ひし形に鋭く尖っているのが分かる。

 部隊の弓が使える兵に聞いたのだが、これは鎧通しといわれるタイプの矢尻らしい。

 この世界の人間の力をもってすれば皮鎧や鎖帷子はもちろん、フルプレートの鎧も簡単に貫通できるようだ。

 そして、ひし形の鎧通しは先が尖っている分、飛翔速度が速く狙撃能力に優れている。

 だが、その兵士はこのタイプの矢は最近ほとんど見ないとも言っていた。

 モンスターの主力であるゴブリンやオーガは鎧を身に着けないからだ。

「こっちが部隊の兵士がいつも使っている矢か……確かに違うな」

 部隊の弓兵は剣尻といわれる矢尻が三角形になっている物を使う。

 ひし形の鎧通しよりも大きな傷を付けられ、引き抜くことが難しいという利点がある。

 その代わり、空気抵抗が大きく重いので飛翔速度も遅い。細かな狙撃には向かないタイプだ。

 もっとも、モンスターは基本的に大群なので一々細かい狙いをつける必要などないが。

「つまり、これはほぼ対人用の矢ということだよな。滅多に使われない物なら普段から常備しているはずがない。どこからか調達する必要があるはずだ」

 俺は矢を持って立ち上がると、軍の備蓄倉庫に向かった。

「あの戦場に犯人がいたなら最高でも一部隊の指揮官に過ぎない。全部隊の指揮官だった伯爵が表立てて問題を起こすとも思えないし、実質的にあの場にいた子爵までの貴族かその関係者だな」

 たかが一部隊の指揮官があまり出回らない矢を手に入れるには、軍の倉庫から引っ張り出す必要がある。職人に作らせるという方法もあるが、そちらは足が付きそうなので選択しないだろう。

 備蓄倉庫に着いた俺はルーシィの名前を使って責任者を呼び出した。

 こういう時、爵位持ちであるルーシィの名の力を実感する。下士官の俺が士官の責任者を呼び出せるんだからな。

「……君がフィンレイ男爵の副官か? こちらも忙しいのだ、できれば手短にお願いしたいな」

「ご心配なく、すぐに済みますよ」

 そう言って士官の前に持ってきた矢を取り出す。

 すると、彼の表情がいぶかし気なものに変わった。

「鎧通しだな。モンスターが台頭してきてからはあまり使われなくなったはずだが」

「ええ、そうなんです。確かここには備蓄がありましたよね? それが減っていないか確認していただきたいんです」

「分かった、すぐに調べさせよう」

 彼が少し奥に戻ると、数分後には不安そうな顔の兵士を一人連れて戻ってきた。

「どうやらこいつが知っているようだが……俺は面倒ごとは御免だ。直接聞いてくれ」

 それだけ言うとすぐに奥に戻ってしまった。やはりここで正解だったか。

 俺は目の前の気弱そうな兵士に話しかける。

「最近このタイプの矢を持ち出した奴がいるだろう、誰だ?」

「そ、それは……」

 まあ犯人も十中八九は貴族だろうからな。二人の貴族の間に挟まれていい気分はしないだろう。

「君が責任を感じる必要はない。命令に従っただけだろう? しかし、こちらは上官を失いかけたんだ。協力してくれ」

 さらに追加で彼の心を決めるような言葉を放つ。

「相手が貴族で言いにくいんだろう。心配するな、こっちには決定的な証拠がある。これを持って司令官のところへ行けば真偽は明らかだ」

 そう言いながらわずかに血の付いた矢を見せる。

 すると、彼は一瞬目を見開いて決意を固めたように口を開き始めた。

「……ちょうど三日前です。下士官殿が一人やってきて『自分はクローネ・カール子爵令嬢の副官だ。至急鎧通しの矢を用意しろ』と言ってきたんです」

「なるほど、クローネ・カール子爵令嬢か。協力ありがとう。この件は公にならないだろうが、身の危険を感じたらフィンレイ男爵の軍務室まで来てくれ。身の安全は保障しよう」

 よく話してくれたと彼の肩を叩き、俺はその場を後にする。

 これでようやく犯人の証拠が掴めた。もう逃がしはしない。

 今までさんざん嫌がらせをしてくれた分、それにルーシィを傷付けた分の代償を払ってもらいに行くとしよう。

 そうなると、次に向かうのはカール子爵のところだな。

 子供の責任は親にキッチリと取ってもらわないといけない。


 それから一時間後、俺は子爵についてある程度下調べをすると、カール子爵の邸宅で子爵本人と正面から向かい合っていた。

 最初は面会することすら拒否していたのに令嬢であるクローネの名前を出した途端受け入れるとは、娘のことを相当溺愛しているらしい。

「話があるのなら早くしたまえ。くだらないことだったら叩き出す」

 子爵は若干不機嫌なようで、こちらに目線を合わせようともしない。

 まあ、これから嫌でも向き合うことになるだろうさ。

「まずは、面会の機会を頂いたことに感謝を。早速ですが、こちらの矢をご覧になったことは?」

 目の前に机に布でくるんでいた矢を広げる。

「ふむ、鎧通しか。最近は使わぬが、ごく稀にリビングアーマーなど出てきた時に使用するな」

 リビングアーマーとは、鎧だけで動くモンスターだ。最近はクラーズラントの近場に出るモンスターのことを勉強しているのだが、たしかその時に名前を見たと思う。

 倒すには内部のコアを壊さなければならないが、装甲が硬いため普通の矢では手も足も出ない。

 鎧通しの矢で関節を狙撃し動きを鈍らせた後、ウォーハンマーを持った兵士たちが寄ってたかって叩き潰すそうだ。

「さすがは軍で参謀を務める子爵様。話が早い」

「それで、これとクローネがどう関係があるのだ?」

 さてここからだ、子爵はどんな反応をするだろうか。

「実は、三日前にご令嬢が鎧通しを備蓄倉庫から引き出して先の間引き作戦で使用したのですよ。我が主のフィンレイ男爵に向けて」

「……なんだと?」

 子爵がこちらを向き、俺のことを睨み付けた。

 さすがに軍内部の熾烈な競争を生き残っているだけあって迫力のある眼光だ。

 だがまあ、司令官と面会した後だとそれほどでもないがな。

「それは良くないな、本当だとしたら大問題だ。しかし、それが偽りでないと証明できるか?」

「ええ、もちろん。ここ最近鎧通しを備蓄から持ち出した人物を確認しました、お宅のお嬢様の副官です」

「ならば、その副官の私怨か何かではないのか」

「いえ、担当者は副官がお嬢様の名前を出したと言っていましたよ。これだけでも監督責任を問われます。その副官を尋問すれば、誰が首謀者かもはっきりするでしょう」

 そう言うと彼の表情も苦いものになってくる。

 娘がそういうことをしでかしそうな性格かどうか、よく分かっているようだ。

「今から兵舎を調べれば、残りの矢が出てくるかもしれませんね。ますます言い逃れできなくなります」

 交渉の流れはこっちが握っている。このまま畳みかけてやるか。

「モンスターという共通の敵に向き合わねばならない時に仲間割れは良くありませんよね。それも殺害寸前ともなれば、重大な罪でしょう」

 俺はこの世界の法律に詳しくないが、明るみに出れば軍法会議必至な事件だということは分かる。

「ちっ、面倒な……貴様たちの要求はなんだ? 司令部に話を持っていっていないのだから、何かあるのだろう?」

「これはこれは、話が早い。こちらとしても事を荒立てるつもりはありません」

 もしこちらが軍法会議に発展させようとしたら、子爵は全力でそれを阻止するだろう。

 一部隊の指揮官と軍の上層部に近い参謀では使える伝手もかなり違う。

 証拠的にはこちらが有利だが、それを覆しかねないのが貴族社会だと思っている。

 ならば、最初から穏便に済ませた方が双方の利益になるということだ。

「こちらの要求は、我々の部隊全員に行きわたる良質な装備と防具です。最近は前線に出ることも多くなったので、良い物を揃えないといけなくなったのですよ」

 最近のルーシィの部下たちは実戦を何度も経験して練度が上がってきている。

 士気も好調で、命じればすぐにモンスターたちを殲滅するだろう。

 だが、その装備は初めて見た時からそれほど変わらない。

 ボロボロになった装備を修繕しながら、騙し騙し使っているような状況だ。

「男爵家の財政では難しいものがありましてね。子爵様ならば、軍内部の伝手で装備を揃えられるのでは?」

「貴様、簡単に言ってくれるな。百人以上の装備品など、簡単に用意できるわけがないであろうが!」

「ならば、話を軍法会議にまで進めるしかありませんね。お嬢様を無罪にするのはかなり厳しくなりますよ。できたとしても、貴族界での信用には大きな傷がつくでしょうね。いかがしますか?」

 その言葉に子爵が歯を噛みしめる。一度汚れた信用は二度と真っ白に戻すことはできない。

 そして、数分考え込んでいた彼はようやく顔を上げた。

「……分かった、用意しよう。その代わり証拠は手放してもらう」

「交渉成立ですね。装備が届いたら引き換えに矢をお渡しします。お嬢様には、これを機に他人に迷惑をかけないよう教育し直すことをお勧めしますよ」

 こうして、俺は事件に関する沈黙と引き換えに最新式の装備を部隊に充足させることになった。

 ルーシィを傷付けられたことに関する怒りは収まっていないが、復讐に駆られて当初の目的を忘れてはいけない。

 俺にとっては彼女が昇進し、権力を握ることが重要だ。良質な装備は役に立つことだろう。

 それに矢は渡すと言ったが、クローネが独断で鎧通しの矢を引き出した証言は俺の手の中だ。

 それに殺害未遂の証拠である矢には劣るが、書類を通さない武器の不正受領も違法であることには変わりない。

 今後はそれをチラつかせて、必要な時に資金を提供してもらうとしよう。

 弱みを握ったら骨の髄までうま味をしぼり出してやる。

 俺は満足しながら子爵家を後にするのだった。


     ◆     ◆


「チッ、若造が。調子に乗りおって……」

 雄心が屋敷を後にするのを部屋から見下ろし、悪態を吐く子爵。

 しかし、証拠を握られている以上、下手に動くことはできない。

 かといってそのまま放っておいても、永遠に脅され続けるのは目に見えていた。

 子爵は信頼できる執事を呼び寄せ、密かに命令を下す。

「ルーク・クラール閣下と連絡を取れ、私が面会を求めていると伝えるのだ」

「かしこまりました、旦那様」

 静かに退室する執事から視線を外し、机の上で手を組む子爵。

「証拠を握って調子に乗っているようだが、貴族界は甘くないということを教えてやる」

 今回の件で発生した火の粉がどこまで飛んでいくのか、それは雄心にも予想できないことだった。

2-2

2話 森の間引き作戦

 ひと気のなくなる真夜中、ある屋敷の一室でいら立ちを隠せない声が響いていた。

「ああもう、向こうはまだ音を上げないんですの!?」

 弛辺りするように部下へ問いかけるのはクローネ・カール子爵令嬢だ。

 機嫌が悪い彼女に対し、部下たちは平伏して怯えている。

「は、はい……予想以上に精神的にタフなようで」

 冷や汗を流しながら報告する部下に対してクローネは怒りを宿した目線を向ける。

「この、役立たず! いつもなら引きこもるか軍を止めるか、わたくしが手を下すまでもなく決着がついていますのに!」

 クローネの言う通り、これまで標的となった相手は執拗な攻撃に耐え切れず自ら逃げ出していた。

 だが、ルーシィに限ってはどれだけ嫌がらせしようともしっかり軍務を続けている。

 気丈に振る舞うその姿がクローネの怒りに更なる燃料を注いでいた。

「もう我慢できませんわ、直接手を下しなさい!」

「そ、それは! あまりにも危険です!」

 その言葉に絶対服従のはずの部下たちも困惑する。

 今までの嫌がらせは事故などと言い逃れできるものだったが、実際に攻撃するとなると話は違う。

 何もクローネの個人的な妬みで自分の手を汚したいわけではないのだ。

「ふん、情けないですわね。ならフィンレイを討ち取れば金貨五枚与えますわ。これだけあれば軍を辞めてもやっていけるでしょう?」

 ニヤッと笑うクローネに対して部下たちの表情が変わっていく。

 成功させれば危険な軍を辞めてしばらく安全な町で暮らせる。暗殺の報酬としては十分の条件だった。


     ◆     ◆


 数日後、ルーシィの部隊はクラーズラントの東にある森まで来ていた。

 この辺りにモンスターが集結中という報告があり、先手を打って攻撃する。

 どうせ集まり終えれば都市に攻めてくるのだからその前に殲滅してしまおうという考えだ。

「少し森が深いですね。列を組んで移動するのは無理そうです」

 先に偵察に出ていた家臣の一人から報告が上げられた。

 それによると、細い道がいくつかあるだけで大部隊が進めるような場所はないという。

「このまま進むのは厳しそうですね。また、森の中での群れとの戦闘は論外みたいです」

 俺の言葉にルーシィも頷いた。

 事前の調査で、モンスターの数は八百ほどだと聞いている。

 こちらは合わせて十部隊で千二百。総指揮官は三百の兵を率いる伯爵だった。

「二、三個の部隊で敵を挑発。森の外まで引きずり出せば……伯爵閣下に進言してみましょう」

 ルーシィは敵を森から引きずり出し、待ち構えていた部隊で攻撃を仕掛けるつもりらしい。

 彼女が総指揮官の元に伝令を出してから数分、全部隊に作戦が伝えられた。

 内容は三部隊で敵を森の外にまで引きずり出してそれから全部隊で殲滅。ルーシィの策が採用されたようだ。

 森に入る部隊には作戦を進言したルーシィの部隊も含まれている。

 他の二部隊の指揮官は平民出身なので、突入部隊の実質的な指揮はルーシィがすることになった。

 たとえ同じ階級の指揮官でも、貴族の方が上位とされるのが昔からの習わしらしい。

「両隣の部隊に連携を取れる距離に留まるよう要請してください。森の中は行動が制限されますから」

 協同部隊に伝令を出すと、いよいよ進軍を始める。

「ルーシィ様、足元に気を付けてください」

「ええ、ありがとう。敵はまだ見えませんか?」

 馬を降りたルーシィが重臣のオヤジを従えながら進む。

 森に入ってから十分、俺たちは二つの部隊と連携しつつ行動していた。

「まだ見えないようです。事前の情報ではそろそろなのですが……」

 重臣のオヤジが汗をぬぐいながら言うと、ちょうど前方から兵が飛んできた。

「報告! 部隊前方で多数の足音がします!」

「来ましたか、友軍部隊にも連絡。我々は敵に一撃を与えた後、反転して後退します!」

 ルーシィの号令と共に三つの部隊が動き出す。

 まず、ルーシィの部隊が前に出てモンスターの群れに攻撃を仕掛けた。

 敵は突然の攻撃に多数の被害を出すが、すぐに怒りをむき出しにして襲い掛かってくる。

「後退! 慌てず足並みを揃えて後退します!」

 ここまで何度も実戦を経験してきた兵士たちは落ち着いて敵の追撃に対処した。

 だが、それでも後退戦闘は被害が拡大する危険が大きい。

 そこで、ある程度後退すると待機していた残りの二部隊がモンスターの群れに攻撃を仕掛けた。

 その間にルーシィの部隊は後退し、反転して敵を待ち構える。その頃には他の二部隊が後退を始めていた。

「相互援護しながらの撤退戦、即席の連携にしては上手くいっているようですね」

「はい、被害は想定より少なく済んでいます」

 俺は確認した被害状況をルーシィに報告した。

 彼女の考えた撤退法は上手く機能し、味方の損害を上手く抑えていた。

 兵士たちも戦っていく内に撤退戦に慣れ始めたのか、徐々に被害自体が少なくなっていく。

「ただ、あまり時間をかけると今度は疲労で被害が拡大します。なるべく早く撤退しないと……」

 まだ若い家臣の一人が焦るように言ったが、ルーシィは落ち着いた表情で答える。

「大丈夫、もうすぐ森を出ます。そうすれば後は本隊と合流して一気に殲滅できますから」

 どうやらいい意味で自分の指揮に自信がついてきたようだな。

 指揮官がどっしりしていると兵士も安心して戦える。

 三分もすると森の出口が見え、向こう側には隊列を組んで並んでいる本隊が見えた。

「次の後退で一気に離脱します!」

 友軍部隊が後退したのを見計らい、ルーシィの部隊も一気に森から離脱した。

 少し遅れて森から出てきたモンスターを迎えるのは、ガッチリと陣形を組んだ本隊。

 集まることもできないままバラバラに突撃して来たモンスターたちを正面から迎え撃つ。

 モンスターと友軍はぶつかり合った一瞬こそ拮抗したものの、すぐにこちらが有利になる。

「よし、このまま押しつぶせますな」

 家臣のオヤジの言葉に俺も同意した。

 戦局の優位は崩れない。誰もがそう思って油断していたその時、戦場の中から一本の矢が放たれる。

 本来モンスターに向けられるべきそれは一直線にルーシィの元へ飛んでいき、彼女の心臓を貫かんと狙っていた。

「なにっ、このタイミングで仕掛けて来るか!」

 だが、元々警戒していた俺が咄嗟にルーシィを突き飛ばしたことで矢の狙いが逸れる。

(以前からルーシィを攻撃していた相手か? まさか狙撃してくるとはな!)

 身体を貫くはずだった矢が彼女の腕を切り裂くに留まる。

 そして、そのまま進んでいった矢はゴブリンの脳天に突き刺さり、絶命させた。

 モンスターの頭蓋骨を貫く威力だ。人間に当たっても同じ結果になるだろう。

「きゃう! ぐぅ……」

「ルーシィ様!? 皆の者、お守りしろ!」

 重臣のオヤジの言葉で家臣たちがルーシィを囲むように守った。

 その後、腕に傷を負った彼女は大急ぎで家臣に担ぎ出されていく。

 本隊の後方にある救護所で処置を行うのだろう。

 だが、俺はそれには同行せず、ルーシィを傷付けた矢の回収に向かった。

 周りをモンスターと人間の戦闘に囲まれる中、ようやく矢で頭を貫かれたゴブリンを発見する。

「これだ、これを調べれば必ず証拠が出てくるはず」

 俺は慎重に矢をゴブリンから引き抜くと、そのまま布でくるんで大切持っておく。

 そうこうしている内にモンスター共は全滅し、人間側の勝利が確定した。

「まあ、俺の戦いはこれからなんだけどな」

 本隊が歓喜に沸く中、俺は大事に矢を持ちつつルーシィの元に急ぐ。

 彼女は救護所のベッドの上で包帯を巻かれ、気分が悪そうにしていた。

「大丈夫ですか?」

「ええ、何とか。助けてくれてありがとうございます」

「気にしないでください。当たり前のことをしたまでですから」

 どうやら大事には至らなかったようで何よりだ。

「安静にしておいてください。犯人についてはこちらで調べます」

 そう言うとルーシィは心配するような表情で俺を見た。

「ユウシン、無茶はしないでくださいね」

「ええ、分かっています。フィンレイ様はそのまま体を休めていてください」

 俺は証拠の矢を手に、犯人を追い詰めるため行動を開始した。

2-1

1話 静かに始まる嫌がらせ

 ルーシィが亡き父から爵位を継承してしばらく経った頃。静かに攻撃が始まった。

 朝、彼女を兵舎まで迎えに行った時だ。部屋の前に妙なものが転がっているのを発見する。

「……なんだこれ?」

 人の拳ほどの大きさで雑巾の塊のようだったが、近づくと正体が分かった。

「っ! ネズミの死骸かよ、どうしてこんなところに……」

 その時、俺は野良猫か何かが仕留めた獲物を落としていったのだと思った。

 士官用の兵舎は大きな建物だが隙間も多く、そこにネズミなどの小動物が潜んでいるからだ。

「まったく、モンスターと一緒に害獣も駆除してやりたいな」

 わずかに腐臭もするし、このまま放っておくわけにもいかない。

 俺は掃除用具を借りて死骸を片付けると、改めてルーシィの部屋の扉をノックした。

 十秒ほど待つと彼女が顔を出す。すでに身支度は整えていたようだ。

「おはようございます、ユウシン。あら、何かありましたか?」

 出てきた時は笑顔だったルーシィが少し首を傾げる。

 一応いつも通りの表情を心がけていたのだが、何か勘付いたらしい。

「実は、ここに来る時にネズミの死骸を見てしまいまして。朝から縁起が悪いなと思ったんです」

 嘘は言っていない。

 ただ、今日一日ルーシィに不機嫌でいてもらってはやり辛いので一部をぼかしただけだ。

「そうでしたか。それなら、わたしが代わりにこれを差し上げますね」

 ルーシィは俺に近づき、頬にキスをしてくる。

「ちょっと、誰かに見られたらどうするんですか?」

「大丈夫ですよ、確認しましたので。それより気分は晴れましたか?」

 微笑みかけてくる彼女の表情には余裕が見える。

 爵位を継承してから若干大人っぽくなったか?

 まあ、何事も成長しているのなら俺としても好ましい限りだ。

「ええ、そりゃもう完璧ですよ。それより今日も予定が詰まっています、急ぎましょう」

 まずは彼女を食堂に連れていくため、そう促す。

 その日は朝以降、何事もなく日常の仕事をこなしていった。

 指揮官としての仕事もそうだが、正式に爵位を継いだので今までの仕事に加えて当主としての仕事も増えた。

 ほとんどは今まで通り実家にいる母親や執事が処理してくれるようだが、やはり彼女のサインが必要な書類も多い。

 俺は軍の副官としてだけではなく、そちらの仕事も手伝うようになっていた。

 その書類には貴族界の現状を読み取れる物も多く、俺にとっては貴重な情報源だった。

 全ての用事が終わって士官用の兵舎までルーシィを送り届ければその日の勤務は終了。

 だが翌日も、またそれ以降もルーシィの周りで不自然な不幸が起こるようになり始めた。

 例えば、俺がルーシィの執務室で書類業務を手伝っていた時だ。

 突然窓ガラスが割れ、中に石が飛び込んできた。

「きゃあっ!」

「ルーシィ!? おい、大丈夫か!」

 二人きりの時でも職務中は家名で呼ぶようにしているが、この時ばかりは咄嗟に名前で呼んでしまった。

 すぐに彼女へ駆け寄り、無事を確認する。

 それと同時に窓から距離を取って安全を確保した。

「突然で驚きました……でも、大丈夫です。怪我はありません」

 どうやら驚きで悲鳴を上げただけらしく、怪我はない。

 だがルーシィの席は窓に近く、割れたガラスの破片を頭から被ってしまっていた。

「動かないでください、すぐに払いますので」

 彼女の頭からガラスを取り払い、俺は割れた窓から外を見る。

 だが、石を飛ばしたであろう相手の姿はもう影も形もなかった。

「クソッ、いったい誰の仕業だ。ここが貴族の部屋だと分かってやってるのか?」

 悪戯心でやったとしても、たとえ犯人が貴族でも罰は免れないだろう。

 モンスターとの戦争が激しさを増している今、軍の影響力は高まるばかりだ。

 その軍の指揮官を攻撃するようなことは到底許されることではない。

「ユウシン、わたしは大丈夫ですので」

 ルーシィは気丈に振る舞っているが、少なからずショックを受けていることは見て取れた。

 いきなり自分が攻撃されて平気でいられる人間はいないだろう。

 ましてやここは戦場ではなく、安全であろう基地の中なのだから。

「今日はもう終わりにしましょう。フィンレイ様、少し実家で休まれてはいかがですか?」

 俺としては彼女が実家で休養している間に犯人を見つけ出してやるつもりだった。

 最近はモンスターの動きも鈍く、街への攻撃の手も鈍くなっているので余裕はある。

 だが、ルーシィは首を横に振った。

「いえ、逃げると思われる行動を取ることはできません」

 そう言うと、彼女は俺の方を見て頷く。

 まあ、ルーシィがそう言うなら従うしかないな。

 俺たちはそれから、仕事の間に犯人探しに精を出すようになった。

 だが、ルーシィを襲うものは石ころだけではなかった。

 ある時はバケツの水、ある時は落とし穴、徐々に危険度が増していっている。

 落とし穴と言えば可愛いものだが、実際は深さ二メートルほどで人がすっぽり入ってしまう大きさだ。

 不意に落ちてしまうと体を打って、危ないどころでないだろう。

「いよいよ本格的になってきましたね」

 俺は危うくルーシィが落ちそうになった穴を埋めながら、傍らの彼女に言う。

「そうですね。でも、これだけ仕掛けをしている相手なら何か証拠を残しているかもしれません」

「だと良いんですが……」

 穴を埋めながら気づいたが、やはりここにもパッと見た限り証拠がない。

 だがここまでくると、もはやそれが一つの証拠のようなものだ。

 ルーシィに嫌がらせをしているのは同じ軍人か、軍に影響力を持つ貴族だ。

 罠にかけるには彼女の行動パターンを見極めなければならないだろうし、そうなると軍人でなければ兵舎の近くを歩いているのは怪しまれるはずだ。

 それに、俺だってここ数日は周りを警戒していたのに怪しい人物を見つけることができなかった。恐らく複数の人間を使って交代で監視させることで、こちらが気づく可能性を減らしていたんだろう。

 食堂で副官を召使いのように扱っている貴族もいたので可能性は高い。自分の立場のためなら、何をしても良いとか思っているんだろうな。

 そのことを話すと、ルーシィも納得したように頷いた。

「そうですね……平民にできる真似ではありません。問題は、どうしてわたしを狙っているかですが……」

「一番有力なのは怨恨の線ですが、フィンレイ様に思い当たる節は?」

「いえ、これと言っては……」

 ルーシィは申し訳なさそうに言うが、その答えは予想していた。

 俺が見ている限り、彼女が他の人物と衝突しているところを見たことがない。

 それどころか、友好的な指揮官の方が多いくらいだ。

 ルーシィの先代から縁のあった指揮官に加え、協調性のある部隊運用をする彼女は演習などにおいても評判が高かった。

 恨まれる要素など一つも見当たらない。

「いったいどこで……」

「もしかしたら先代に恨みがあるか、貴女の知らないところで相手が勝手に恨んでいるのかもしれません」

 人の感情というのは理不尽だ。理屈抜きで行動することもあるから恐ろしい。

「ただ、このままだともっとエスカレートするでしょう。行動が派手になれば証拠を掴むチャンスも増える。もう一息の辛抱です」

 俺はルーシィを励ましてそう言う。

 そして、その予想はすぐに現実のものとなった。